歌いながら聴きながら浜辺をスロージョグする爺さんのブログ

ジョグりながら一人カラオケそして飽くほどに聴くアルバムはジャズをメインにPOPS、J-POP、クラシックなんでもかんでも!v^O^v!

みやもりざか


順はいまにもみやもり坂を錦揺子が駆け上がってきそうな気がして、ここち
よいマイルスのミュートの音を振り払うように一二度、左右に頭を振ってか
ら坂のほうを見た。


もちろんそこに錦揺子の姿を認めるはずもないのにもかかわらず順はずっと
そうしていたかった。


飲みかけのサントスはいまの気分には合わないけれど、順が座るとカウンタ
ーの美笈が何も聞かないで淹れてくれたものだ。


マイルスのミュートプレイは順の気分をさらに落ち着いたものにしている。


美笈はそれに気付いたのか、ちょうどソー・ファットがロン・カーターのベ
ースソロから始まるところでアンプのアッテネータを絞りフェードアウトさ
せ、ターンテーブルのうえでくるくる回っているマイルスのアルバムを手で
止めレコードを交換している。


楽曲が止まっても、まだ続いている心地よい余韻は、いきなり始まったテナ
ーサックスのソロによって一度はターンアウトされたが、その突き抜けるよ
うな刺激は決して違和感を伴うような唐突なものではなかった。


それはまるで美笈が順の頭の中の大部分を占めている錦揺子の思いの内湖に
自分自身を飛びこませようとしている標しのように感じられた。


順自身も自分の頭の中の内湖に自分自身が飛び込んで行くようなそんな感じ
にとらわれながら、なんと言う気持ちの良さだろうと思って上を見上げたと
き、綺麗な碧い光の中に白く輝く幾重もの同心円が見えた。


自分が自分の中で泳いでいる!


コルトトレーンのブローは順に自在な力を与えながら次第に神の領域を感じ
させるようなハイブローへと昇りつめていく。


そして順の精神はそれに逆らうようにして、どんどん、どんどん、自身の奥
底へと深く深くダイブしていく。


新しい精神のプラトーを順に与えている「至上の愛」は、錦揺子にとらわれ
ている順の感情のすきまに、そっと美笈が打ち込んだ楔のようなものだ。


順はもう自分が息をしているのかどうかさえわからなくなって、目の前の一
切のものが意識から遠くに隔たっていったような気がしたたその瞬間、「順
じゃない、久しぶりね、どうしてたの?」


順はいきなり数十メートルのドロップオフの崖っぷちからいきなり急浮上し
たダイバーのようにあえいだ。


心臓がバクバクし、うまく息ができず、慌てふためいているのを必死でこら
えている。


もう自分がどんな状態なのかを把握できるような余裕はまったくなく、ただ
ひたすら心からこの幸運に感謝している順がそこにはいた。