歌いながら聴きながら浜辺をスロージョグする爺さんのブログ

ジョグりながら一人カラオケそして飽くほどに聴くアルバムはジャズをメインにPOPS、J-POP、クラシックなんでもかんでも!v^O^v!

ノンリーマン系の団塊の世代(?)


つい最近金沢で土木コンサル会社を経営している友人からへんな電話がかか
ってきた。


全国の珍しい姓の調査をしているとかで、バブル崩壊後大変な苦労をして会
社を維持してきた尊敬すべき友人だが、このようなマヌケた電話をかけてく
るようになったのか〜〜〜、などと変な感慨に浸れさせてくれるほどに、こ
こにきてやっと新しいペースをつかんだのだなと自分のことのようにごちる
自分がいる。ありゃりゃ (^__^;


彼とは同じ研究室で卒研を一緒にやった間柄なのだが、私も学校には行かな
かったけれど、彼は輪をかけて来なかった。


いくらなんでも卒研くらいはというか卒業がかかっているので、どんななま
くらなやつでも卒研だけはやるものであったのだが、しかし彼は学生時代か
らすでに土木調査の仕事を本格的にやっていて、まるっきり実験は私におん
ぶで抱っこ状態なのであった。


今から考えると、学生ベンチャーはすでに実践的な形ですでにその芽を出し
かけていたのだと思う。現在のような軽いものではなくてもっと地道なもの
だったと思う。


そして彼は卒業と同時に同じ学科の友人と会社を興し企業家となって今日に
至っている。


彼の学部生としての有名なエピソードがある。


それは、ある試験のときに彼が答案を見せてやってカンニング幇助罪でその
単位を落とされ、その単位が必修科目だったがゆえに留年を余儀なくされた
という輝かしいものだ(?)


我々の時代の先生は取っても人間的な方が多かった。例えば試験が始まると、
「ちょっと用事で30分ほどいなくなりますが、30分したら必ず帰ってきます
ので、くれぐれもカンニングなどしないように!」とか言って出て行くとい
うようなことは当たり前の話でした。


よく考えてみれば、カンニングをしようがしまいがそれによって後々困るの
はあくまでも本人であって先生ではないのですから、昔の先生はやはり学生
を信じていた性善説の持主であったのかも知れません。


そのとき彼の答案を見たほうの友人も一年留年したのですが、こちらが
以前のエントリに書いた、私を日本楽器に導いてくれたその人であります。


この金沢の友人OK君からの電話があったとき、因縁のこれまたOS君の
ケータイ番号を聞き出したわたくしめは、さっそくOS君にメッセージイン
したのであります。


あろうことかというか、なんとなんと、彼もしばらく前にかの有名な長野の
プリンタメーカーを退職して自分でコンサルタントとして独立し西へ東へと
忙しい毎日を過ごしているのでありました。


何を言いたいかって?


はいっ!昨今の論調としてというか世の声として、


団塊の世代なるものは、だいたいにおいて学生時代は棍棒を振り回して"
粉砕!粉砕!"、とか小うるさかったくせに、サラリーマンになると超体制
守護の尖兵としてバブルを謳歌し今日の格差社会の礎を築くに至った!団塊
の世代こそ、粉砕に値するやからの塊だ!団塊の世代、フンサイ〜イ!」


とのたまわれる方が多いのですが、この場をお借りして自己弁護をしている
わけでございます。


団塊の世代を十把一絡にするな〜!
リーマン人生のやつも、非リーマン人生のやつも
みんなそれなりにしんどいのんは
にんげんみなおんなじや〜!


そやけどやっぱり、ぎょうさんおんのんやから
このまま自分だけやれ宮古や石垣やっちゅうのんは
はたまた、ベベイ・ローザンヌやベニスやチロルや
ちゅうのんは、やっぱ現実を見ればあかんでしょ!


う〜ん、このまま逃げヌルヲか
はたまた夢追イヲか・・・・・


戦いは続くのじゃ!